ファーストレディ・岸田裕子さんインタビュー①/広島の皆さんへメッセージ

この記事は2022年7月27日に作成および更新したものです。
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ファーストレディー-インタビュー①

第2次岸田政権が発足して8カ月を迎えました。
岸田文雄内閣総理大臣を支える夫人の裕子さんは、広島出身。
日本のファーストレディとなられたことで、さらに注目を集めています。

このたびインタビューの機会を得て、貴重なお話を伺うことができました。

▼この記事を読んで分かること
◎岸田文雄内閣総理大臣の妻・裕子さんについて。
◎ファーストレディの心境。
◎広島出身の総理夫人としての所感。

この記事を読めば、日本のファーストレディ・岸田裕子さんについてわかるので、ぜひ参考にしてみてください。

1. ファーストレディの心境

岸田総理夫人である岸田裕子さんは、筆者と同じ広島女学院の卒業生、同窓生です。
このたび幸運にも、憧れの同窓の先輩がファーストレディになられたことで、2022年 新春に、筆者はインタビューの機会を得ることができました。

 

●ファーストレディになられて、初めて経験されたことや、苦労されたことなどございますか?(ライター:山田)

 

岸田裕子さん(以下、 裕子さん):「主人が総理大臣になり、それに伴って『ファーストレディ』と呼ばれる立場になったわけですけれど、主人が総理大臣になってからまだ3カ月ですので、いろいろ感じることはこれからだと思います。

 

違いといえば、主人の警備が今までよりも厳重になったので、『やっぱり総理大臣という立場はとても重たいのだな』というのを、傍らで見ていて思いましたね。

外務大臣を務めていた時と比べると、総理大臣の警備は違います。
警備の人数も違うし、主人が動くと必ずその人数で動くので、ちょっとあそこに行くだけでもけっこう大変なんです。

 

―― やはり自由には動けなくなるのですね。
   裕子さんの場合、外出をされても、周囲にはわからないものですか?(山田)

 

 

裕子さん:「今はマスクもありますし、近所ではないところで、なんとなく見られているなぁーというのを感じることはあります。
テレビやSNSで興味をもってチェックしている方は、もしかして、と思っていらっしゃるかも知れませんね。

 

私自身は今のところまだ3ヶ月ですし、主人の公務に伴って、(外交の場面で)つきそって外に出ていくことがあれば、いろいろな新しい経験をさせていただくこともあるのでしょうけれど、まだコロナということもありないですね。」

 

岸田総理と裕子夫人

岸田首相は、昨年の12月に、東京・赤坂の衆院議員宿舎から、首相官邸に隣接する首相公邸に引っ越しをされました。
その引っ越しも大変だったと話す裕子さん。
ファーストレディになってからの苦労話にも笑顔で、ユーモアを交えながら応えてくださり、インタビューは進みます。

 

裕子さん:「私は広島と東京での生活ですが、東京に居ることが多くなりました。

主人の食事のことなどをしないといけないので。

特に今まではコロナで夜の会食がなかったから、夜は家に帰って食べることがほとんどでした。

やはり食生活、健康面も気をつけてあげたいと思うし、だからなるべく食事面を考えても東京に居たいですね。

 

――ご子息様がたは、ご一緒に住まわれているのですか?(山田)

 

裕子さん:「秘書をしている長男が一緒に公邸に。
次男は広島でひとり暮らしをしています。
三男も東京にいて、皆、行き来はしますけれど、住んでいるのは基本的に、主人と私と長男です。」

 

 

岸田裕子さん

〔2022年元旦、皇居での「新年祝賀の儀」に総理と共に参列〕



――新しい経験だと感じたことはございますか?(山田)

 

裕子さん:「『新年祝賀の儀』が元旦に(皇居で)ありました。

これまでは衆議院の議員の先生たちも、皆様ご夫婦で出席でしたが、今はコロナ禍で人数も縮小されて、夫婦同伴というのがなくなり、総理大臣だけが夫婦で参列でした。」


2. 広島出身の総理夫人として

「広島の経済の活性化」について

「広島の経済の活性化」について

1993年、岸田総理が衆議院議員に初めて立候補された時、裕子夫人と共に、筆者が勤務していた住友商事も訪問されました。
当時、私は裕子さんが「同窓の先輩」とは存じ上げなかったのです。

 

―― あのバブルの時代と、現在はもちろん変化しています。
   コロナ禍の現在、何か思われることはございますか?(山田)

 

裕子さん:「コロナウイルスとの戦いにおいて、各方面の方々、専門家の方々や飲食業や商売されていらっしゃる方々が、未知のウイルスとの戦いにおいて、試行錯誤しながら、それぞれ努力をされてきて、今日に至っていますよね。

 

人の命を守りながら、経済も回さないといけない、でも、未知の部分が多いですから。
とにかく、ワクチンや治療薬が普及して今の状況が収束していくこと、早くそうなってほしいです。」

 

 

―― 総理の対応が早いと実感します。対応がスピーディですね。安心感を得られます。(山田)

 

 

裕子さん:「何か状況に変化があると、それに対応して動いていくことを感じますよね。

未知のコロナウイルスとの戦いにおいては試行錯誤の中、状況の変化に対して柔軟に対応する事で難局を乗り越えられた場面もありました。




Kishida vision

 『岸田ビジョン 分断から協調へ』   岸田文雄著 講談社


―― 対応が早いと、国民としても安心できますよね。
   さらに、『岸田ビジョン』に記されたことを実行されていることはすごいと感じています。(山田)

              

 

裕子さん:「ありがとうございます。
バブル時代のことを考えると、あの頃、私たちが就職してOLをしていた頃は、女性が結婚してからも、仕事を続けていくことが、今ほどはなくて。
人生、楽しまなきゃだめよ、楽しんだ人が勝ちよ、という雰囲気が若者にありましたよね。」

 

―― 「以前に、インスタライブで、お見合いをされたころに、『マハラジャ』(ディスコ)へ行かれたということが話題になりましたけれども。」(山田)

 

裕子さん:「そうですね。今は『マハラジャ』もないですけど、あの頃は、ディスコブームで、他にもディスコがありましたね。広島に。
コロナが収束して、若い人達も思いっきり楽しめる日が来るといいですね。

 

―― 「おっしゃるとおりですね。貴重なお話を、ありがとうございました。」(山田)

〔2022年1月6日 インタビュー〕

 

岸田裕子さん

3. まとめ

岸田裕子さんから、ファーストレディの心境について、貴重なお話を伺うことができました。

広島出身の総理大臣と、ファーストレディが誕生したことは、広島に住む私たちにとって、とても嬉しく、光栄なことだと改めて感じます。

日本の総理大臣を支えるファーストレディの魅力を、パート②でもお伝えしてまいります。


<パート② へつづく>




岸田 裕子(Yuko Kishida)/プロフィール

 

広島県三次市出身。

広島女学院中学校・高等学校卒業。

東京女子大学文理学部日本文学科卒業後、マツダ株式会社入社。役員秘書を務める。

1988年 結婚。3人の息子の母。

2021年 第100代・第101代内閣総理大臣 岸田文雄氏の妻。

現在の日本のファーストレディ。

 

 

(担当ライター:山田典子