武家茶道 上田宗箇流 家元 若宗匠/上田 宗篁さん

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武家茶道 上田宗箇流 家元 若宗匠
上田 宗篁さん

【プロフィール】
1978年、広島県出身。
現なぎさ中学校・高等学校卒業、國學院大学文学部卒業。17歳でヒップホップダンスを始め、2003年よりプロダンサーとして国内外で活躍。
2007年に帰広し、上田宗箇流 家元 若宗匠に。以降、国内はもちろんアメリカ、ドイツ、フランスなど茶人として世界各地の文化交流に貢献。
2018年、一般社団法人日本伝統文化協会アドバイザー就任。
2022年、上田宗箇流和風会青年部暁会長に就任。
2023年にはG7広島サミットのプログラムにて各国首相夫人・夫君を和風堂にてもてなす。
2024年、饒津神社宮司代務者就任。
2025年、広島城三の丸に上田宗箇流初監修の「SOKO CAFÉ」においてメインプロデュースを担当。
この他、茶道具のプロデュースやTV・新聞・雑誌等へ出演、寄稿の他、講演も精力的に行っている。
メンタルヘルスの秘訣は、ものごとを楽しむこと。


受け継ぐ茶の伝統を、
硬くしなやかに


 400年以上続く武家茶道家元の長男として、物心ついた頃から家業を意識。しかし17歳で始めたダンスにのめり込み、プロダンサーの道へ。「この家に生まれただけで、自分に実力があってもなくてもトップに立てる、立たなくてはいけない…そこへの反発が強かったですね。個人としての自分の力を知りたかったんです」と振り返る上田さん。やがてプロダンサーとして海外に呼ばれるまでに活躍。結果を出し、自信が持てたとき、家業と向き合う覚悟ができました。

 家元として最も意識するのは「不易流行」。凛として美しい上田宗箇流の作法や茶道具、これら伝統として受け継がれた“変えない”ものを軸にしながらも、上田宗箇流を形成する様々なものが果たして時代に合っているのかを柔軟に考え、能動的に変えていかねばならないと話します。「実は8年前に大病を患い、茶道の基本である正座ができなくなりました。でも私は家元として、正座ができなくても茶道の文化を継承していかなければいけない。一方で、茶会に来られる方の中にも正座を敬遠される方が増えています。ならば、正座ができなくても茶の湯を楽しめるよう茶室の設えを変えてみようと。こうした変化の中でも、宗箇の茶を伝えるという使命は何ひとつ変えないことが大事だと考えています」。

 広島の街を語るとき、それは戦後からになりがちです。しかし当然、広島の歴史は被爆前からあります。唯一、広島に家元がある流派として、上田さんは茶道を通じて、そうした歴史や文化を伝えたいと話します。「2027年には広島城三の丸に歴史館もオープンし、広島の歴史探訪に厚みが増します。そして歴史や文化から、今を生きる人たちが何かヒントやアイデアを得ることができれば嬉しいですね」。同時に、茶会や稽古に来る方には、とにかく茶を楽しみ、人生を豊かにしてほしいと上田さん。料理や菓子、建物に庭、茶道具に歴史など、興味を持つ入口が多い茶道だからこそ、人生の最後まで続けられる学びだからこそ、ハードルを高く構えずに始めてみてほしい。そのために、自身は令和の茶道の在り方、その発信の仕方を常に考えていきたいと熱を込めます。「茶道は人が生きていく上で必要不可欠ではありません。ですが、日本人を日本人たらしめるために必要なものです。日本人の精神性を失わせない。それが社会に対して上田宗箇流が持つ役割、伝統文化としての役割です」。




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こだわり抜かれた「宇治園製茶」と「一保堂茶舖」のお茶を使用。上田宗箇の茶の精神や作法を受け継ぎながら、カジュアルなメニューで茶の世界を身近に楽しめるカフェ。作法を押し付けられるわけではなく、気がつけば茶の世界を体験できる空間は、インバウンドはもとより多くの日本人のファンを獲得しています。